5年前のJPXでの柳教授講義録です。資本コストに関する説明が非常にわかりやすく「資本コストって何?」というCXO向けにとてもおすすめです。一部抜粋します。
20181225_lecture_report.pdf (jpx.co.jp)
それでは、「資本コスト」とは何でしょう。不思議なもの、簡単そうなもの、だけど難しいものです。資金を調達して本業に投資する、資源配分を行って利益、あるいはキャッシュフローを上げていくのが企業の責務ですが、資金調達の手段には原則としてデットとエクイティがあります。負債と株式です。さらに内部留保もエクイティと考えてください。ウォーレン・バフェットは、「今日のその 1 ドルを内部留保できるのは、その 1 ドルを 1 ドル以上にできるときだけだ。」と言いました。要するに株主に帰属する利益がボトムラインですから、それを全額返さずに留保するということは、エクイティファイナンスに近い。ですので、内部留保には株主資本コストがかかってくるわけです。したがって、主資本の部全体に関して、「今年、当社はエクイティファイナンスを実施していないので、株主資本コストは関係ないのでは。」と思っても、会計上の簿価の株主資本には株主資本コストが掛かるわけです。
企業価値は何かということであれば、端的には DCF、将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いたものになります。その割引率として資本コスト、一般的な DCF で言えばそれに WACC を使います。そして、自社の理論株価、企業価値を知ることが受託者責任の入り口、あるいは座標軸になると思います。発行済み株式数で割れば理論株価が算出できます。自社の企業価値を知らずして企業価値を上げる、またはどこを目指すという議論はできません。
では、実務で算出した企業価値あるいは理論株価をどう生かすかと言いますと、一つ目は、自社の株価が割安か割高かの判断基準を知るということです。この瞬間もトレードされて動いている自社の株価が、皆さん割安か割高か言えますか。自分たちがインサイダーとして本源的価値、イントリンシックバリューを算出して、自分の座標軸、自社の企業価値、理論株価がこのぐらいだと知っていれば、今の株価の水準を判断できます。そうでないと上場会社の経営者としての受託者責任果たせません。それは、過去の株価のトレンドや証券会社のセルサイドレポートのターゲットプライスではないのです。インサイダーとして皆さんが一番会社のことをよく分かっていて、そして長期のプランニングから理論的に算出する理論株価です。私自身は CFO として理論株価を算出して定期的に CEO と共有し、節目、節目で過半数を社外取締役が占める取締役会と共有しています。経営者はそれによって今の株価が割安か割高かを受託者として知るのです。
二つ目は株主還元、特に自社株買いを行うときの計算根拠にします。自社株買いは流行していますし、日経新聞等も自社株買いは良いことだとするトーンがあって実施する企業は多いのですが、知見の高い長期の投資家は、「自社株買いはありがたいのだけど、それに伴う IRR はどれぐらいですか。」との質問をしてきます。私は前職で UBS 証券におりましたので、100 社ほどそのようなケースに立ち会ったことがあります。でも、まともに答えられた CEO はほとんどいませんでした。自社株買いを実施したときの IRR はどれぐらいか。これは理論株価を算出して経営者が共有していなければなりません。つまり、皆さんのような優秀な担当者が手元で DCF を用いて仮で計算したというだけでは駄目です。CEO や取締役会がアプルーブしたオフィシャルな会社の理論株価が必要です。例えば、「当社の理論株価が 1,000円に対し、今の株価が 500 円である。今、自社株買いを実施した場合の 1 年以内の目標株価を踏まえると何%のリターンになる。これは、通常の設備投資や M&A に投資するよりはるかに高いリターンが見込まれるから自社株買いを実施した。」というような説明が必要になるのです。そのためには理論株価を算出する必要がありますし、資本コストを知っていないとできません。それから M&A とか投資をするときのバリュエーションは、証券会社やコンサル任せではなくて、自分たちがハンズオンで計算できるようにすることが重要だと思います。
同じ BS、PL 内容の会社が 2 社あったと仮定した場合、全く IR をしない会社と、社長が一生懸命に投資家と面談をし、ウエブサイトも充実しており、情報が多数掲載されている、統合報告書もある、面談も担当者が気さくに受けてくれる会社があった場合に、皆さんはどちらの会社へ投資したいですか。当然、説明がある方へ投資したいですよね。リスクが下げられる、すなわち資本コストが下げられる。グローバルにはワシントン大学のボトサン先生、あるいは亡くなられた早稲田の須田先生など、沢山論文があるのですけども、残余利益モデルで逆算すると、トップティアの IR優良企業は、一般的な企業に対して 30 ベーシスの資本コストを下げられる、0.3%の株主資本コストを下げられるという、アカデミックな実証研究のコンセンサスがあります。つまり IR はコストセンターではなく、資本コストを下げるというルートをたどって、価値を生むのです。
ESG も一緒です。IR も一つの非財務資本、ESG の一環だと言えると思います。資料 42p にあるのは、京大の加藤先生編著の野村証券のクオンツチームのデータです。このデータは MSCI の ESG 格付けのある企業を対象としているため、優良な大企業しか反映されていませんが、日本企業の平均的なポジションはトリプル B です。例えば、トップティアのグループは、ダブル A の格付けとなりますが、これとトリプル B の企業で比較すると 30 ベーシスぐらい資本コストが変わってくるのです。ですから、CFOが ESG や IR を鋭意実践するのは、0.30%資本コストを下げ、それによって企業価値を高めるためにやっていると申し上げております。それを数式で展開すると、大体 10%の株価プレミアムになります。現在(講演日:2018 年 12 月 25 日)、エーザイの時価総額は 2 兆 6000 億円位なので、そのうちの、2,600億円は IR の価値だということが資本コストの低減効果から言えるのです。
ここに 1 万円があります。皆さんが外国人投資家として、この 1 万円を日本企業の柳コーポレーションに株式投資するとします。例えば、私が非常にアグレッシブな CEO で、「とにかく会社を大きく、1兆円企業にしたい。そのためには、NASDAQ 上場のアメリカの会社買うぞ、買収金額なんか関係ない、のれんも関係ない、とにかく買収するのだ」と言っていたらどうでしょうか?あるいは逆に、私が非常に保守的な経営者で、「現金はとにかく持っていたほうが安心だ。絶対に離さないし、使いもしないし返しもしない。投資もしないし配当もしない。ずっとこれ金庫に入れておく」と言っていたら、皆さんどう思いますか?どちらの経営者に対しても、心配になりませんか?投資した 1 万円は、1 万円以上にするどころか、返ってくるのかなと。怖いから半分ぐらいの 5,000 円ぐらいに引き当てて考えたほうがリスク的には良いのではないか?そういうことが、日本株で起こっているのです。