今年の年末には固まるであろう新しいサステナビリティ保証基準、ISSA5000を題材に課題を提起されています。我妻教授のサステナビリティに関する論文は読みごたえがあり勉強になります。保証規制は①監査と保証の一元化(例:CSRD、オーストラリア)②保証の義務化(例:TNFDでの言及、CSRD、イギリスは義務化志向)、の流れができるなか、保証業務の範囲の適切性という観点で課題があります。

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国際的に、開示規制・保証規制は過渡期にあり、既に企業はあらゆるトピックのサステナビリティ情報を任意に開示している。例えば、今後、日本企業が自社の開示情報に任意にISSA5000準拠の保証を受審する場合も想定される。この際、CSRDがカバーするようなサステナビリティ課題全体のうち、保証対象が特定のトピック・トピックの側面・一部のバウンダリ(報告範囲)である保証契約では、保証業務の範囲が適切かの判断が問われることになる。
例えば、GHG排出量を削減するという企業の取組みが、他の汚染物質を排出することに繋がる(悪影響のトレードオフがある)場合には、気候変動課題と汚染課題は、独立でない事象になる。あるトピックが別のトピックに悪影響を及ぼす事実の開示がない場合には、会社にとってプラス面を表すトピックだけを切り取って保証業務を実施しても保証の意義は損なわれる。
悪影響のトレードオフは、環境課題と人権課題にも発生しうる。保証業務に合理的な目的があるかの判断には、保証業務の範囲が適切かの判断が欠かせない(ISSA5000, 74項)。こうした判断は、ISSA5000の保証業務の前提条件の1つであり、保証契約締結時には、特定のトピック、トピックの側面、バリューチェーンのバウンダリの除外を含め、開示情報を保証対象外とする理由が適切かの判断が必要となる(同、A197項)。

”重要な虚偽表示とアサーションの利用”については保証人必見の良い情報が掲載されています。

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ISSA5000案では、固有リスク要因を含めたサステナビリティ課題およびサステナビリティ情報の理解を要求するものの(同、97項および「A295-A298項)、固有リスク要因がどのように、どの程度関連するアサーション14における虚偽表示の生じやすさに影響するかの評価(固有リスクの単独評価)を要求事項とはしていない。その理由について、サステナビリティ保証タスクフォースは、保証業務を複雑化させないためであるとしている(IAASB, 2022)。この点は、今後のISSA5000シリーズの策定動向に注視したい。

この重要な虚偽表示リスクの識別・評価にあたり、発生する可能性のある虚偽表示の種類を検討するためにアサーションが利用される。具体的にアサーションには、「発生および実在性」、「責任」、「網羅性」、「正確性および評価」、「期間帰属」、「表示・分類の妥当性および理解可能性」等がある(同、A353R)。例えば、次の情報Aが保証対象に含まれるとしよう。この場合に、発生する可能性のある虚偽表示の種類とアサーションを関連づけて具体的に示すと、図表1のように例示することができる。

情報A:当社は2050年ネットゼロを表明し、GHG削減目標を設定している。ビジネスモデルを脱炭素化し、環境配慮型製品C(主要部品B)を生産している。GHG総排出量は××年比で●%減を達成した。

図表1 虚偽表示の種類とアサーションの関係 

虚偽表示の種類アサーション  虚偽表示の内容
虚偽の主張発生・実在性カーボンオフセットの資金拠出先には実効性がない
科学的にカーボンニュートラルに整合する移行計画がない
情報の脱漏網羅性従来型製品が座礁資産につながる財務的影響の開示がない
カーボンロックイン状態の潜在的排出量の開示がない
製品Cへの移行によって、水使用量が激増することを開示していない
部品BがVC内の強制労働と関係することを開示していない
 曖昧な表現表示の妥当性・理解可能性 GHG排出量の基準年の選定が恣意的または選定根拠が不明である
人権DD実施済みの説明があるが、実施内容に合理的な裏付けがない

なおバリューチェーンにおける悪影響のトレードオフはCSDDDやタクソノミ規則で一定程度解消するとしています。

この点、CSRD適用対象会社は、DDをどのように実施して悪影響に対応したか、DDプロセスの開示を求められる(EU, 2022)。さらに、EUでは、大会社(域外企業を含む)にDDの実行自体を義務づける企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)案が最終合意に至っている(2023年12月)。DDは、リスクマネジメントを厳格に実施する手段であり、日本企業にとっても、事実上ビジネスの必須条件になりつつある。

こうした悪影響のトレードオフの有無を自社で判別の上、開示させる仕組みがタクソノミー規則である。EUでは、タクソノミー規則((EU) 2020/852)により、金融商品・社債を販売する金融市場参加者とCSRD19a条・29条適用会社に、環境的にサステナブルな経済活動の割合を開示させる。例えば後者は、タクソノミー規則適格な売上高、設備投資額、営業費の割合の開示を要する。
適格であるためには、1)6つの自然課題のいずれかの環境目的に直接貢献すること(または緩和・移行を促進)、2)貢献する環境目的以外の環境目的に著しく有害でないこと(DNSH規準)、3)人権尊重・労働に関してOECD多国籍企業ガイドライン、ILO宣言等を遵守していること、および4)欧州委員会が規定する技術的スクリーニング規準(原材料・製品等の数値基準)を遵守していることの全てを満たしていなければならない。上記の2)は、環境課題間の悪影響のトレードオフを回避し、3)は、環境課題と社会課題の間の悪影響のトレードオフを回避する役割を果たす。