PwCあらた有限責任監査法人の経営材に掲載した記事です、よくまとまっている記事です。そこそこ勉強されている方でも知識の棚卸という意味で役立ちます。連載なので第二回以降にも期待しています。

経理財務部門のための非財務情報開示の基礎知識 第1回 非財務情報はプレ財務情報/「週刊 経営財務」No.3594 | PwC Japanグループ

2011年に発表されたハーバードビジネススクールの調査は、1990年代より環境や社会側面での方針を持ち取組みを進めてきた企業(原文では高サステナビリティ企業と定義されている)は、そうでない企業(低サステナビリティ企業)に比べ、2011年時点で株価に1.5倍程度の差が出ているとの結果を示している。ここで言葉の定義を確認しておきたい。日本では非財務領域において、「CSR(企業の社会的責任)」という言葉がよく使われる。例えば欧州委員会では、CSRは「責任ある行動が持続可能なビジネスの成功につながるという認識を企業が持ち、社会や環境に関する問題意識を、その事業活動やステークホルダーとの関係の中に、自主的に取り入れていくための概念」と定義されているが、日本においてCSRは事業所における環境保全や労働安全衛生、社会貢献活動など社会や環境に迷惑をかけないための活動として捉えられることが多い。一方で、欧州を中心としたグローバル企業が非財務領域を示す言葉として使っている「コーポレートサステナビリティ(Corporate Sustainability)」は、より広い概念で考えられている。図表1にCSRからコーポレートサステナビリティへの変遷を示す。PwCでは、コーポレートサステナビリティを中長期的な社会の変化(メガトレンド)を踏まえて、戦略を立案し、行動をとり、パフォーマンスを測り、結果を発信し、フィードバックを踏まえ、改善や革新を行うことと定義している(図表2参照)。そしてこのコーポレートサステナビリティの実践には、通常の意思決定より長期的思考が求められるとともに、多様なステークホルダーからのインプットを考慮し、それを生かすことが求められる。そしてそのような戦略や取組みをステークホルダーに伝えることで、企業が長期的に価値を生み出す能力を持つことをステークホルダーに示すことが非財務情報開示の意味であり、昨今の統合報告の流れにつながっている。

企業にとってますます重要性が増している非財務情報開示であるが、では具体的にどのような情報が開示されているのだろうか。国内企業が非財務情報開示の基準として最も活用しているものは、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)のGRIスタンダードであり、多くの日本企業がGRIスタンダードに則って非財務情報を開示している。GRIは1997年にコフィ・アナン元国連事務総長によって提唱されたイニシアティブで、オランダに拠点を置く国際NGOである。GRIが策定するGRIスタンダードは、マルチステークホルダーを対象としたサステナビリティ開示基準であり、環境側面、社会側面、経済側面の様々な課題が網羅されている。そしてそれらの網羅的な開示項目の中から、企業は自社の中長期的な成長や発展に関連する項目を検討し、それらについて開示することが期待されている。このマテリアリティの原則は、現在の非財務情報開示における基本的な考え方となっている。また1990年代後半以降、長らくの間、企業はこのGRIスタンダードに基づいて、地域社会や一般消費者などのマルチステークホルダーに向けて開示することが一般的になっていた。ところが2010年以降、ESG投資に対する関心の高まりを受けて、国際統合報告協議会(IIRC)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が設立され、マルチステークホルダーではなく、投資家を対象とした非財務情報開示のフレームワークが現れた。IIRCは、統合思考(組織内の様々な事業単位および機能単位と、組織が利用し影響を与える資本との間の関係について、組織が能動的に考えること)に基づき、組織がどのように長期にわたり価値を創造するかを説明するための枠組みである統合報告フレームワークを2013年に発表した。またSASBは、投資家にとって最も重要なサステナビリティの課題を特定・管理・報告することにおいて企業を支援することを目的に、77の産業別にそれぞれの産業における財務的に重要なサステナビリティ開示指標をSASBスタンダードとして2018年に発表した。それにより、ESG情報開示はマルチステークホルダー向けの開示のみならず、投資家向けの開示としてその重要度がますます高まってきた。これらのスタンダード、フレームワークはいずれも強制力のない任意の基準ではあるが、PwCが2021年10月に日本を代表する日経225銘柄の225社を対象に実施した調査によると、75%の日本企業がGRIスタンダードを、また68%の企業が統合報告フレームワーク(通称<IR>フレームワーク)を、そして24%の企業がSASBスタンダードを参照し、情報開示を実践していることが明らかになっている。つまり、これら任意基準が現在企業がどのような非財務情報を開示するかを検討するにあたり、非常に重要な役割を果たしている。そして、これらの自主的なスタンダードに加えて、近年では非財務情報開示の法制化の動きもある。欧州では、欧州委員会により企業の非財務情報開示の義務化に関する会計指令の改正(EU指令 2014/95/EU)が2014年12月に発行され、2016年12月よりEU加盟国は指令に基づく各国法規制を施行している。またこの指令がさらにアップデートされ、2023年1月には企業のサステナビリティ報告に関する指令(CSRD)が発効した。この指令のもとで、現在欧州委員会では欧州サステナビリティレポーティング基準(ESRS)の策定が進められており、一部の基準は既に公開草案が発表されている。また2021年11月には国際会計基準を策定するIFRS財団より国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立が発表された。このISSBの設立に端を発し、先述のIIRCとSASBが合併し価値報告財団(Value Reporting Foundation:VRF)に統一され、さらにはVRFが2022年8月にIFRS財団に統合された。2022年3月にはISSBよりサステナビリティ一般および気候変動に関する開示基準の公開草案が発表され、2023年前半には基準の最終版が公表される予定である。