世界中に広がっている人権・環境デューデリジェンスの実施。先頭集団のひとつであるEUの取り組みについて説明します。ちなみに日本では法律の制定までは至っていないものの、先頭集団の動きに追随することが予想されます。

欧州の人権・環境デュー・ディリジェンス義務化動向と日本への示唆 (jri.co.jp)

欧州主要国が独自の立法に動くなか、EU では 2022 年 2 月に欧州委員会が「企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案」(以下、デュー・ディリジェンス指令案)を公表した。一定の企業(含む外国企業)に対し、人権・環境に関する「持続可能性デュー・ディリジェンス」を義務づけ、サプライチェーンを含む事業活動を通じた人権と環境への負の影響を防止・軽減・是正する。人権や環境に対する意識の高まりが指令案の背景にあることは当然ながら、加盟国が独自に立法を進めるなかで EU 域内における規制の分断を回避するとともに、域内企業に公平な競争の場(level playing field)を提供することも、大きな目的となっている。
デュー・ディリジェンス指令案は、ドイツのサプライチェーン法と同様に、デュー・ディリジェンスの対象を人権・環境リスクと幅広く捉えるとともに、そのプロセスを詳細に定めている。具体的には、企業は、①「デュー・ディリジェンス方針」 を策定のうえ、毎年更新し、デュー・ディリジェンスを企業方針に組み込むこと、②自社や子会社の事業、およびサプライチェーン上の「確立された事業関係」から生じる、人権・環境への負の影響を特定する、③潜在的な負の影響に対しては予防のための適切な措置を講じるとともに、予防が困難な場合には負の影響を軽減するために適切な措置を講じる、④人権・環境に実際の負の影響が生じている場合には、負の影響を停止し、それが不可能な場合は影響を最小化する、⑤被害者や市民団体に開かれた苦情処理メカニズムを構築する、⑥自社や子会社、サプライチェーン上の「確立された事業関係」における事業および対応措置の評価を少なくとも 12 カ月ごとに定期的に実施する、⑦非財務情報開示規制の対象外の企業は指令案が義務づけた事項に関する年次報告書を自社のウェブサイトに掲載する、等の義務を負う。

現在、欧州議会がデュー・ディリジェンス指令案について検討中で、2023 年半ばにも欧州議会、EU 理事会、欧州委員会の三者間協議が実施される予定である。義務づけ対象企業の範囲等、最終的な着地点は不透明ながら、企業に包括的な人権・環境デュー・ディリジェンスの実施を義務づけることは確実とみられ、米国や日本に与える影響は大きいと言わざるを得ない。デュー・ディリジェンス指令が 2024 年 1 月に発効すると仮定すれば、加盟国による 2 年間の立法期間を経て、欧州委員会案では 2026 年 1 月より、EU 理事会案では 2027 年 1 月より大企業(含む外国企業)に対する適用が開始される予定である

なお、EU では、サステナビリティに関する開示基準の改訂作業が同時並行で進められている点に注意が必要である。2023 年 1 月、EU は「企業サステナビリティ報告指令」(Corporate Sustainability Reporting Directive:CSRD)を発効させ、現行の「非財務報告指令」(Non-Financial Reporting Directive:NFRD)を大幅に改訂する「欧州サステナビリティ報告基準」(European Sustainability Reporting Standards:ESRS)に準拠した開示を義務化する。2022 年 11 月に欧州委員会に提出された ESRS 草案は、国連指導原則や OECD 多国籍企業ガイドラインを可能な限り採り入れ、人権・環境に関する「持続可能性デュー・ディリジェンス」の実施を前提に、そのプロセスや人権・環境に対する負の影響、負の影響の防止・軽減・是正のために取った行動およびその結果についての開示を求めている。

日本企業、とりわけ大企業においては、日本政府による義務化を待つまでもなく、人権・環境デュー・ディリジェンスの早急な実施が望まれる。先述した英・仏・独の法律は外国企業も適用対象としているほか、EU のデュー・ディリジェンス指令案が採択されれば、EU 全域で一定の外国企業に対する適用が開始されることになる。欧州でビジネスを展開する、ないしは EU 企業と継続的な取引関係を有する日本企業は、EU のデュー・ディリジェンス指令案をベースに、自社やグループ会社、サプライヤーに対し、体系的な人権・環境デュー・ディリジェンスを着実に実施していく必要がある。デュー・ディリジェンスの実施に際しては、とりわけアジア地域に広範なサプライチェーンを持つ日本企業において、サプライヤーがもたらす人権・環境関連リスクの特定とそれらへの対応策が大きな課題になると予想される。