元オリックスの宮内氏から富山氏に日本取締役協会会長が引き継がれました。お二人とも、コーポレートガバナンスの第一人者になります。富山節が効いたインタビュー内容です。
日本取締役協会の新会長に冨山和彦・経営共創基盤(IGPI)グループ会長が就任しました。協会が誕生して20年あまりが経過し、日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)の実質が問われるなかで初めての会長交代となりました。
日本取締役協会 冨山和彦新会長に聞く(上) – 日本取締役協会 (jacd.jp)
日本取締役協会 冨山和彦新会長に聞く(下) – 日本取締役協会 (jacd.jp)
コーポレートガバナンス(企業統治)改革がやや政府主導で進められてきた結果、形式が先行するかたちになってしまっている部分があります。このため、実質をいかに高めるかがガバナンス改革全体にかかわる大きな課題になっていますが、それを実現する鍵は担い手である取締役の質を上げることしかありません。日本取締役協会としては社外取締役を中心に、われわれ自身がお互いにレベルを上げていく必要があります。その意味でも当協会がまさにその本業を果たしていくべき時が来ていると考えています。
まずは企業統治(コーポレートガバナンス)の目的です。なぜ、ガバナンスを効かせなければならないのか。要はもっと日本株式会社の稼ぐ力を高めなければならないということでしょうが、ここまで日本企業が稼げなくなった要因とは何だと思いますか。→冨山 経済界もさすがに稼げなくなっている状況は認識しています。これは数字を見ればもう明らかですから。ただ、稼げなくなった状況は認識していても、その要因というのはまだ把握できていないのではないでしょうか。自分たちのせいなのか、あるいは他人のせいなのか。10年前だったら9割方は他人のせいだと思っていたでしょう。ですが、日本の経済界の空気もここに来て、4割くらいは自分たちのせいだと認め始めているのではないでしょうか。すでに若い経営者たちは、ほぼ自分たちのせいだと認識しています。彼らが社会人として社会に出た時にはもうバブル経済は崩壊していて、栄光の時代を知りませんから。あるいはバブルを多少知っていたとしても、まだ若手の頃ですから深くは知りません。彼らはどちらかというと、バブルという時代の負の遺産をずっと処理させられてきた人生なのです。ですから景気が悪くなったり、稼げなくなったりしたことを「円高のせいだ」とか、あるいは最近のように「円安のせいだ」なんていう考え方をしません。総合的に見たら、「やはり自分たちのせいだ」と正しく認識しています。結局、そこが出発点なんです。すると次の問いは「駄目な自分たちは、何で駄目なままでいたんだろう」となるわけです。世代的に見れば、米国の同世代の人たちはあれだけベンチャー企業から出発して大手企業を育てているのに対し、日本ではせいぜい楽天やDeNAぐらいしかないわけですよ。この不甲斐なさ。そこではリーダーの選抜なり、何に投資するのかという投資判断なりが駄目だったことになります。私が若い時に起業したときに誰がお金を出してくれたかというと、宮内さん(宮内義彦オリックス・シニアチェアマン)だったり、江副さん(江副浩正リクルート創業者)が投資をしてくれたわけです。だから今の私があるわけですが、当時はそうしたお金を取りに行った人も少ないし、お金を出す人も少なかった。昔から経団連に加盟しているような伝統的大手企業は、どこもお金を出してくれませんでしたから。こうして見れば、日本の企業社会のリーダー層の選抜が間違っていたということになるのです。誰をトップに選び、何の事業に投資するかという経営判断を間違えた。これこそまさに日本株式会社のコーポレートガバナンスの問題になるわけです。
――コーポレートガバナンス原則でも「トップの選解任」のあり方を定めるようになっていますが、それを会社の中でどのように機能させれば良いのですか。→冨山 これはもうはっきりしています。少なくとも将来トップになりそうな幹部については、別枠で鍛えるしかないのです。もし会社の中にそうした人物がいなかったら、候補をどんどん外部から採用すればいいのです。たまに「プロ経営者」と呼ばれるような人をトップとして迎え入れる企業がありますが、なぜ社長になるところでスカウトするのでしょうか。合理的に考えれば、もっと早く40歳代くらいから中途採用する方がよいです。パナソニックのような大手企業でも、トップを担える人材はそう簡単にはいません。なぜ、最初から新卒で入ってきた人材からトップ候補者を絞らなければならないのでしょう。22~23歳の新卒人材がどう育つかは、仕事をさせてみなければ分かりません。できれば30歳代半ばくらいから、自社や他社を含め、いろんなところにタレントハンティングしに行くべきです。候補になりたい当人もいろいろな会社、いろいろな状況で武者修行、修羅場経験をした方がいい。
――ありがとうございます。最近ではどの企業も「ESG(環境・社会・企業統治)」投資に力を入れていますが、これが「少しぐらい稼げなくても仕方ない」という言い訳に使われている気がしているのですが。→冨山 それは稼げないことの言い訳でしょう。稼げない言い訳を思いついてくれたと飛びついているところがあるかもしれませんが、投資している側は、そんなことを許してくれるはずがありません。インパクト投資を手掛けている人たちは、そういうことをきちんとしている会社は儲かる、きちんと収益を上げてくれると思うから投資するのです。キャピタリストにお金を預けているのは一般投資家ですから。慈善事業で預けるわけではありません。もし、ESG的な慈善事業をするなら、寄付すればいいのです。機関投資家が企業に資金提供するのは、それできちんと儲かると思って預けているのであって、儲からなかったらESG投資は5年、10年以内に全部崩壊することになるでしょう。
――冨山さんがメンバーに入られている「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田文雄首相)でもそういう議論なのですか。→冨山 あの会議でも結局、私をはじめ、資本主義の本質を大事にする意見に議論が収斂しました。「もっと稼ぎましょう」「資産倍増」となったわけです。投資としてメイクセンスしなかったら成り立ちません。それは当然です。世界のインテリと議論していれば、絶対そうなります。「1+1=2」くらい自明です。いろいろ言う人はいますが、結局は先ほどの問題に戻るのです。結局、稼げていない現実がある、稼ぐ力を失っている事実がある中で、米国や欧州の方でESGと言い出してくれたから、稼げない企業にとっては、稼がないことを正当化する理屈に聞こえるわけです。だから飛びつくわけです。だけど実際にインパクト投資などのESG投資家と会ってみたら分かります。彼らが何を言うかというと、毎回100メートルを全力で走っているとそれは疲弊するから、マラソンでいいとは言ってくれるのですが、だけど一言も「4時間で走っていい」とは言わないわけです。グローバルなキャピタルマーケットで競争するなら2時間で走れ、なんですよ。そこでは2時間で走らなければならないうえに、「炭酸ガスは出すな」「人権や多様性に配慮しろ」なんです。しかし、日本企業の大多数は、炭酸ガス出しまくって日本人の中高年男性幹部社員だらけで4時間くらいでしか走れていないのです。これは大変なことです。ESG的空間で彼らの期待にミートするは、すごくハードルが高いのです。まずは稼ぐこと、それなしにESG経営のようなパーパス経営には到達できません。
――まずは日本企業の底上げが必要だと。これから何の事業できちんと稼ぐのかを明確に戦略として打ち出すことが求められるということでしょうか。→冨山 それが社外取締役の役割でもあるのです。今は破壊的イノベーションによる産業構造の転換期、ゲームチェンジがあちこちで起きる時代です。「もう野球では食べていけなくなるから、これからはサッカーという新たな事業を展開すべきだ」となった場合、本当は野球という事業の7割、8割は捨てることになります。でも日本企業はその経営判断から逃げてきたのが実態です。若い時から一緒に苦労して野球をしてきた仲間は捨てられない。だからずるずると「何とか頑張れば、野球でまだ食えるのではないか」あるいは「野球選手がサッカー選手になれるのではないか」という淡い期待の下で、儲からない事業を続け、同じ野球選手で無理にサッカーをやってそれも失敗し、稼げなくなってきたわけです。本来は社外取締役が「もう野球はやめよう。まだ野球でやっていけている他社に事業を売却しよう」と提案すべきなのです。そうした厳しい判断は社内出身の役員にはなかなかできません。厳しい経営判断を先送りにして、野球だかサッカーだか分からないようなことをしてしまう。これでは野球は続けられないし、サッカーという新規事業にも向き合えない。従業員もどっちつかずでだらだらと野球を続け、歳をとってしまう方が転身はより難しくなります。そして最後にはリストラをやる羽目になる。私からみれば、その方がよほど酷い話だと思いますね。
――そうした事業選別は、冨山さんが社外取締役を務めていたオムロンでもやりましたよね。→冨山 やりました。パナソニックでも最近やりました。私は絶対、その方がその人たちの人生のためになると思っています。これだけは断言します。私はそうした事業選別を数多く経験しました。再生機構の時はもっと苛烈なリストラもやりました。そして私はあのときに学びました。あれだけ苛烈なリストラを数多く断行しても、しかるべき時間とお金を用意して転身を促せば、結局、みんな感謝してくれたのです。だからその原資、余裕があるうちに事業と組織の新陳代謝を進めるべきなのです。
――事業を入れ替えて稼ぐ力を高めることが大事だと。→冨山 いま日本企業が取り組むべきことは、既存事業の稼ぐ力をまず上げる、これはマストです。そのためには儲からないことは止めるということもマストなのです。あるいは残念ながら、赤字になっている事業、製品、サービスに関わる人員に関しては、どこかに移ってもらうということが基本なのです。よく、新しい産業が生まれないと人材の流動化は難しい、と言う人がいますが、イノベーションの時代、人手不足の時代にこれは「ニワトリとタマゴ」の順番が逆で、まずは人的資本がダイナミックに動くこと。それで本業の稼ぐ力が出てきて、初めてそのお金を未来投資なり、イノベーション投資なり、あるいはSDGs投資に振り向けることができるのです。本業の稼ぐ力を高めることは、あらゆる意味で必要条件です。その点まだまだ日本の会社はたいへんな機会損失を起こしていると思います。